ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

好きなことを仕事にできない人たちへ

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

「好きなことを仕事に」というフレーズが、世の中に出回っています。

今のあなたの仕事は、どれくらいの好きレベルでしょうか。

 

 

あなたの好きは何パーセント

  • 嫌いじゃない
  • これでもいいかな
  • 満足してます
  • 好きですよ
  • めっちゃ好き!!

「好き」にも色んなレベルがありますよね。

 

もちろん

  • 大嫌い
  • すぐにでも辞めたい

という人もいることでしょう。

 

好きなことを仕事にしたい人は、何パーセントの好きレベルを考えているのでしょうか。

1%でも「好き」があれば、好きな仕事なのか。

100%全部が「好き」じゃないと、好きな仕事じゃないのか。

あなたが考える「好き」はどれくらいですか。

 

「好き」は先にあるのか、後からやってくるのか

もう一つ。

「好き」という感覚は、先にあるのでしょうか、それとも後からやってくるのでしょうか。

 

例えば「映画が好き」だから、映画関係の仕事に就く。

これは先に「好き」があったから目指した仕事です。

 

とりあえず入社して配属された部署が広報の業務だった。

いつの間にか広告や企画宣伝が「好き」になっていた。

 

ある地点から見れば、どちらも好きな仕事です。

が、後者は、とりあえずやってみたら、自分にぴったりだった、ということ。

とりあえず、好き嫌い関係なく取り組んでみないと、出会わなかったかもしれません。

 

いつの間にか好きになっている仕事、好きだと思って就いた仕事。

反対に、いつの間にか嫌になっている仕事もありますよね。

煌びやかな仕事だと思えば、下積み時代が長かったり、本領発揮する場が無かったり、時代の流れにマッチしなくなったり。

 

「好き」という判断は、いつ時点のモノなのか、それはそれで気になるところです。

 

今の仕事を「好き」になる努力は必要か

先ほどの広報の例に近いですが、我慢する必要はあるかどうか。

仕事に対して「もしかしたら好きかもしれない」と思う必要はあるかどうか。

とりあえずやってみたら上手くいった。

騙されたと思ってやってみた。

 

結果として成果になる場合もあれば、ツラいだけだったかもしれません。

いつの間にか自分の目線が変わり、好きになっていることがあるかもしれません。

子供服なんて興味が無かったけど、自分に子どもができたら子供服のことばかり考える。

お酒の楽しさを知ってから、レストランやバーに興味を持つ。

 

当たり前のように、好きなものや興味があるものは変わるわけで。

ちょっと相手に歩み寄ったら、一気に引き込まれるかもしれない。

好きになってみる努力をするのは必要なことでしょうか。

 

「好き」を求めるか「嫌い」を排除するか

好きレベルの話に戻りますが。

さて、あなたの好きレベルはどれくらい??

 

それは本当に「好き」なことなのか。

それとも「嫌い」が無い状態なのか。

 

すごく嫌な上司がいるから仕事が楽しめない。

だとしたら、その上司がいなくなれば楽しく働けるの?

 

嫌いを排除したことで、一気に状況が変わるかもしれません。

逆に好きなことに囲まれていても、一つの大きな「嫌」があれば好きな仕事にならないかもしれません。

 

「好き」という感覚が変わるたびに仕事を変えていくのでしょうか。

 

好きなことをするために、嫌いなことをする矛盾

どこかで妥協しているんです。

みんなどこかで妥協している。

 

好きなことで働く為に、嫌なことをしなければならない。

どこかでちょうどいいバランスを求められるんです。

1から10まで全部好き!という人は、まれですよ。

 

一連の流れの中の特定のパートが好きな人がほとんどです。

「ピアノが好き」だからと始めた仕事があったとして。

ピアノの練習が好きな人はどれくらいいるのでしょうか。

 

大きな舞台で拍手に包まれるのが快感。

であっても、そうなる為の努力や準備をしなければいけない。

好きなことをする為に、嫌なことを続けなければならないのです。

 

好き嫌い以外の判断軸が出てくるとき

好き嫌いで決めるのが悪いわけじゃない。

けれども、好き嫌いだけで決められないことが世の中にはあります。

 

僕はたまたま手を挙げた場所が、ちょうどいい具合で。

オフィスも素敵、メンバーも素敵、業務内容も負担が少なかったから。

今も続けていられるだけのことです。

そういいながらも、「好き嫌い」で判断しました。

 

よく使うメーカーだから、ここの製品が好きだから。

車で言えばトヨタ、日産、ホンダ

電化製品で言えば、パナソニックソニー三菱電機

 

自分自身の好きなメーカー、興味がある会社だから。

というのは、最後の決め手になりました。

 

その「好き嫌い」の裏にあるのは。

  • 「ここなら頑張れる」という自信
  • 「この会社のことは、他の会社よりも良く知っている」という安心感

につながっていました。

 

「好き」と「嫌い」

単純に「好き」「嫌い」ではなく、その先にあるものは何か。

それを具体的に言語化できれば強い武器になりますよね。

 

盲目的に「好き」なのは、オススメできません。

組織で働く以上、誰かの邪魔が入るからです。

 

会社の決まりがあり、目標があり、利益を追求しなければいけない。

「好き」だけでは、立ち回らないときがきます。

こだわらなくてもいい程度に「好き」

 

最後の最後、AかBで迷ったときの判断くらいにしてみてはいかがでしょうか。

「好き」という気持ちは、とんでもないパワーを持っています。

パワーを持っているだけに、それを受け止められない程度の会社もあるということです。

 

 

手に触れるものは、ワクワクするものを選ぶ

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

日本に100円ショップが登場したのはいつ頃のことだろうか。

僕が小学生のころ、今から20年ほど前には100円ショップが身近なものになっていた気がする。

 

欲しいものがあれば何でも揃う

そんな夢のような場所。だった。

いつからか、100円ショップに足を運ばなくなったのだ。

100円ショップで買っていたものといえば、文房具などの日用品。

どれを買っても100円という均一価格に惑わされて、計算するのも楽だから100円ショップで買う。

 

100円ショップでモノを買うのは、100円ショップで売っているからに過ぎない。

○○というメーカーのソレが欲しいのに、100円ショップで売っているソレを買ってしまうのだ。

 

価格相応

いつしか文房具にこだわるようになってくると、100円ショップの文房具を買うことは無くなった。

その何倍もする値段のものを買ったり、使ったりしていたので、クオリティの差があるのは当然なんだけれど。

使ったときのワクワク感が100円ショップの商品には無かったのだ。

 

好きにならないと気持ち悪い

身近なデスクアイテムの話。

電卓を買うなら、どこのメーカーにするか。

カシオ、シャープ、キャノン、オーロラ。

 

どこの電卓を使っても、満足できると思っている。

その中でも僕はカシオ推し。

小さい頃から使っていた電卓がカシオだったのも大きな要因だろう。

とはいえ、電卓の使用頻度が多いわけではないので、オーロラの電卓を使っていた。

昔の会社からもらったもの、10年以上も使っていたことになる。

 

満足していたかというと、ずっと不満だった。

それはただ"カシオ"じゃなかったから。

計算もちゃんとしてくれるし、デュアルバッテリー、12桁、税計算もできる普通の電卓。

 

こだわらない人にとっては、何の問題もない電卓だけれども。

いつの間にか小さなイライラが積もるようになる。

微妙な押し心地、ボタンの位置。

小さなことがストレスになってくる。

というわけで、最近カシオの電卓にリプレイスした。

 

好きなモノを長く使う

電卓がカシオに変わっただけで、気分は随分と違う。

「これなら、楽しく仕事ができそうだ」

なんて、一人でワクワクしているところだ。

 

そういえばキーボードを買い換えたときに、こんなことを言ってくれた人がいた。

「身体に一番近い部分で活躍するのだから、こだわりを持って、好きになれるものを選びなさい」

 

電卓も文房具もキーボードもマウスも。

好きなものを買っている自分がいた。

明らかに値段が高いが、好きになれるもの。

今から2年ほど前、中古で1万円のパソコンを買った。

そこに接続したのは、15,000円で買ったFILCOのキーボードに、10,000円で買ったトラックボール。

自分が触れるもの、身体に近いものにお金をかけて良かったと思うときだったのだ。

 

流行りで買ったもの、とりあえず買ったものはゴミになる

好きだと思って買ったものは大切にする。

適当な気持ちで買ったものは雑に扱う。

 

当たり前だけれど好きなものに囲まれて過ごしたいもの。

ミニマリストの原点はここにあるのかもしれない。

電卓を買い換えてスゴく気分がいい。

 

ようやく自分にフィットしたモノを手に入れた気分だ。

3,000円もしない電卓で、これだけ気分が良くなるなら。

一つ一つのものを大切に、ワクワクするものを選ぼうと、改めて思うのだった。

 

 

カシオ スタンダード電卓 時間・税計算 ミニジャストタイプ 12桁 MW-12GT-N

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成果が無いなら、自分から手を挙げないと成長できない

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

最近、特に思うことがあります。

 

成果が無いなら、手を挙げろ

 

ということ。

 

世の中には2種類の人がいます。

成果が出ている人と、成果が出ていない人。

 

前者の場合は、誰かから声がかかるでしょう。

日本で1番とか、プロの領域だとか。
とにかく"スゴい"ヤツ。

 

後者の場合はどうでしょうか。

優しく出迎えてくれる人なんていません。

当たり前のことしかできない、たいしたことができないから。

誰でもいい役割しかできないんですよ。

 

経験が浅かったり、コツをうまくつかめていなかったり。

そんな人はたくさんいますよね。

誰もが一流になっているわけではありません。

 

一流になれない人が、成長するにはどうしたらいいか。

「とにかく手を挙げまくる」ことしかないんです。

 

相手を振り向かせるだけの魅力、技術、ネタを持っていないなら、自分からアタックしないといけない。

「やります」「やらせてください」「興味があります」「こんなコトやろうと思うんですけど」

と、積極的に言わないと、自分のターンがやってきません。

 

そうやって手を挙げ続ける。

いつの間にか、その思いや気持ちが浸透していくわけです。

あるとき「そういえば、、、、」と思い出してもらえます。

 

また、積極的に自分を売り込んでいくことにもつながります。

より具体的に、より分かりやすく相手にアピールする。

 

来週の〇日空いてます、この辺りで〇〇をやってみたいです。

 

そうすることで、何に引っかかるかもしれません。

 

「15日空いているんですよ、お手伝いさせてくださいよ」

と言ってみたらOKの反応があるかもしれない。

「20日はどうかな??」と言ってもらえるかもしれない。

とにかく手を挙げて、自分からチャンスを掴みにいかないといけません。

 

あまりにも自分からのアピールが少ない。

「やりたい」しか言わない、行動しない人を見ていると、あまりにもアピールが少ないです。

手を挙げることすらしない。

 

まずは手を挙げてみましょう。

手を挙げたところで、却下されることも、不採用になることもあるんですから。

時間があってウズウズしているのであれば、何かに挑戦するのも一つだと思います。

 

 

「おもしろい人」の会話の公式 気のきいた一言がパッと出てくる!

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類は友を呼ぶを冷静に考えてみる

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

有名なことわざに

「類は友を呼ぶ」

があります。

 

似通ったもの同士が自然と仲良くなっている。

 

そんな意味ではないでしょうか。

 

類は友を呼ぶ

について考えるキッカケになったのは、プロ無職のるってぃ氏が書いたこの記事。

rutty07.com

 

頭の片隅では分かっていたことも、文字にするまで理解できていなかったようです。

 

記事の中には

一流とは実力あっての一流です。実力なしに「三流→一流」へのショートカットは不可能です。

と書いてあります。

 

ショートカットではないにしろ、楽に生きようと思っていたことは間違いありません。

 

とすれば、僕の周りに集まってくる人は、同じような人になるということです。

頭では意識高いことを考えていても、行動していない。

そういう人が集まるんです。

 

自分が行動をせずに、どこかで相手に何かを求めていたようです。

 

自分自身が見落としていた感覚、ターゲット、今の自分。

それを見直すことができるタイミングでした。

 

僕自身が自分を高めないと、ステキな人は周りに現れないのです。

行動を変える、思考を変える

恐れずに変化していかなきゃいけません。

 

ふと思うこと。

昔は好きだったあの人、最近は全く気にならなくなった。

そのうちに、すごく面倒な人、合わない人だなと思うことに。

 

相手が変化するというより、自分が変化したのでしょう。

マイナスなことを言っていたときは、少々ネガティブな人でも受け入れられたけど。

最近は、ガタガタ言う人を受け付けなくなった。

「さっさと行動しろよ」って。

 

自然と、行動しない口だけの人を避けるようになる。

友を呼ばなくなるのだ。

 

だから、自分の中で意識をもって、行動や思考を変化させていかなきゃいけない。

今の自分に満足していないのであれば。 

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ブログを一方通行にしてはいけない

こんにちは、スズキです。

最近のスズキは、どこかで一方通行になっています。

 

言いたいことを言えばいい、見たい人だけ見ればいい。

結局は、自分自身の自己満足でしかないわけです。

 

それでよいのだろうか。

 

文章を書くときに、お手本にしているサイトがあるんですけどね。

それを読みながら考えていました。

 

このままじゃダメだ。と。

 

確かに、勝手に読めばいいかもしれない。

でも、どこかに双方向である必要があるんですよ。

せっかく見に来てくださった方に、申し訳ない。

 

何かしらのバリューが、この記事にないといけないんです。

僕がここで書きたかったことは何だろう。

 

自分自身をしっかりと見つめなおして、過去の思い出にさかのぼることにしました。

 

 

僕がやりたいことは??

 

人とつながりたいから、ブログを書いたり走り回ったりするんです。

でも、どこかでシャットアウトしたり、選別したり。

本当にやりたいことの10%くらいしか動けていない。

 

しかも、本当に、本当にやりたいことは、まだまだ先の話。

なーんて、思っているから、さあ大変だ。

 

これではいかんのですよ。

 

自分自身の時間を作り、もうちょっと対話してみようかと思います。

 

ワクワクする記事を書くために。

自分自身もワクワクします。

 

 

ソース~あなたの人生の源は、ワクワクすることにある。

ソース~あなたの人生の源は、ワクワクすることにある。

 

 

みんな言いたいことを言えばいい

こんにちは、スズキです。

 

みんな言いたいことを言おう。

言いたいことが無いならいいんだけど。

 

思ったことは、口に出して言わないと分からないよ。

色んなところにアピールしないと分からない。

 

そのアピールから何が生まれるかは分からないけれど。

自分自身を認識するためにアピールしたほうがいいよ。

 

僕はこう思っています、私はこう考えます。

僕はこうなりたい、私の夢はこれ。

 

言わないと分からないし、相当魅力がないと誰も聞いてくれない。

あなたが普通の人だとしたら。

自分から一歩踏み出さないと、誰も聞いてくれない。

 

それをヒシヒシと感じるんですよ。

言い続けたら、いい意味でも悪い意味でも反応がある。

サポートしてくれる人がいるし、無理だ無理だと言う人がいる。

 

その反応があるだけでも、僕は成果だと思うわけで。

初めは僕が何を言っても、反応すらなかった。

反応が無いから尻すぼみになって、いつの間にか何も言わなくなる。

 

そうじゃなくて、反応があるまで言い続けないとダメだよ。

 

同じことを10回も100回も言えばいいし、そうじゃないと覚えてもらえない。

クソみたいなキャッチフレーズつけて、毎回自己紹介の時に言うヤツがいる。

すごく嫌いなヤツだけど、そのキャッチフレーズは忘れないし、忘れられない。

ああ、あいつのことだ。とすぐに思い出してしまう。

 

だから言うこと、言いたいことは言う。

我慢してたらダメだよ。

 

もっともっと、溢れてくるその気持ちを、周りに伝えていかないといけないのさ。

 

 

なぜあの人は言いたいことを言っても好かれるのか?

なぜあの人は言いたいことを言っても好かれるのか?

 

 

「もう限界」と思うとき、それは精神的なものではなく、無駄を排除したいだけだった

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

イライラが溜まると「もう限界や」と思うときがあります。

限界が来たとき、精神的にいっぱいいっぱいなときもあるでしょう。

でも僕の場合は違いました。

 

こんな無駄なことに時間や体力を使うのはもう限界だ

と思ったのです。

 

時間も体力もお金も有限。

ゴールがある中で、何にどれだけパワーを使うのか、それを決めるのが人生の面白いところ。

 

そのバランスが崩れると、思いもしない方向へ。

いつの間にかハマってしまうことがあります。

 

少しずつ、おかしいな、こんなはずじゃなかったのにな。

と思うことで、理想と現実の乖離が見えてきます。

 

このまま、ここに力を注いでよいのだろうか。

と思ったとき、限界を感じてギブアップしてしまうんです。

 

気持ちは正常、元気いっぱい

もう限界だけど、それは損切りをしただけに過ぎず。

何かが崩れてしまったわけでもなく。

決心をしただけにすぎない。

 

一旦、損切りをしてしまうと、我慢してきたものが溢れてきてしまう。

それまでの諸々が一気に溢れて雪崩のように迫ってくる。

というのが結論でした。

 

心機一転、頑張っていきたいものですね。

 

 

自分の中に孤独を抱け (青春文庫)

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頭の中が計算だらけにならないのだろうか

こんにちは、スズキです。

ドーナツ無料で1時間も並ぶんじゃねー。

 

みたいな話で盛り上がっていますが。

 

たかが数百円のモノのために、1時間も待つなんてアホじゃないの??みたいなね。

 

僕は待ちませんけど、アホとも思いません。

人それぞれなんで、好きにしてください。

といったところです。

 

 

誰も騙してないし、騙されてない。

だったら、それを選ぶかどうかは、その人の判断なので、好きにしてくださいと。

 

1個150円だとして、2個のドーナツをもらうために、1時間も待つなんて。

お前は時給300円かよ。

みたいなことを言う人もいますよ。

 

でも、それはそれでいいんです。

 

ちょっと役職の付いたサラリーマンを例に考えます。

160時間働いて、給料が40万円だとします。

時給2,500円です。

 

時給2,500円の人が、みんな時間をお金で買うかどうか。です。

大人気のラーメン屋さん、1杯800円です。

あまりにも美味しいので、いつも大行列1時間待ち。

その隣で、同じクオリティのラーメンが3,300円で提供されていたら。

 

1時間待つことを止めて、3,300円のラーメンを食べに行く人が何人いるでしょうか。

 

 

一方で、時給1,000円の学生が。

東京から名古屋に行くのに、新幹線を使うとしたら

1時間30分で11,000円

在来線なら、6時間で6,000円

(端数は処理してあります)

 

もちろん長時間乗車による疲れや、乗り換えの手間などはあります。

 

が、どちらを選ぼうと、間違いではないんです。

 

単純に時間とお金だけで割り切れないことばかりなんですよ。

 

僕はドーナツのために1時間並ぶことはないですけど。

じゃ、「1時間待ったら2,000円のカツカレーが食べられます」と言われたらどうでしょうか。

時給2,000円以下の人は、オトクなプランなのでしょうか。

 

 

待っている人は、ただボーっと待っているだけなのか。

そこから何かを生み出そうとするのか。

それを含めて、良し悪しが決まるものです。

 

もちろん惰性で並んでいる人、目先の利益だけで並ぶ人もいることでしょう。

中には、ちょっと面白い考えの人がいるのかもしれません。

 

そういう価値判断、基準が違うから面白いんですよね。

「ドーナツ2個のために1時間も待つ人は終わってるぜ」

という意見もよくわかります

「ドーナツ2個のために1時間待つ人」

の感覚も分かります。

 

人それぞれなんで、横目で見て鼻で笑う程度で終わるのでしょう。

ただ、それが、仲のいいメンバー、恋人、家族だったら。

ややこしい問題になるのかもしれません。

 

 

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できない人は、まず圧倒的に作業量が少ない

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

自分が思うスゴい人って誰ですか。

一人じゃなくてもいいし、ちょっとスゴい人でもいい。

 

そのスゴい人と、終日過ごす機会を作ってみてください。

明らかに違うことがあります。

それは、作業量や練習量です。

 

尊敬する人、憧れの人、スゴい人。

なんとかして、一緒にいられる時間を作ってみてください。

 

表舞台じゃなく、それまでの過程で何をしているか。

 

絶対的な量が違うんですよ。

遊んでいるように見えて、実は裏で仕事をしているとか。

毎日飲み歩いているようだけど、時間短く密度高めに過ごし、そのあとに作業をするとか。

 

あなたが決めている毎日、毎週、毎月の作業量って適切ですか。

 

例えばピアノの練習。

毎日1時間やってます。

というのは、スゴいのか、まだまだなのか。

 

例えば野球の素振り。

毎日500回やるのは、スゴいのか、まだまだなのか。

 

あなたが必死でこなしているその回数が、まだまだスゴいレベルに達していないかもしれません。

 

質×量 がクオリティに反映されます。

どちらも高めていかなければいけませんが、最低限の量はやらなきゃいけない。

もっともっと、とにかくもっとやらなきゃいけない。

 

やらなきゃいけないことがたくさんある。

その板挟み。

 

そうなってからが本当の本気モードなのではないでしょうか。

 

何かを捨てなきゃいけない時期がくる。

今までやっていた「何か」を捨てることが、上達の近道なんですよ。

 

テレビを見る時間、お風呂にゆっくり浸かる時間。

何かを捨てなきゃいけないときがくる。

そうなったら、その時間分の成果をつかみ取ってやろうと。

 

質も上がっていくようになる、質を上げる気持ちになれるんです。

 

とにかくできる人のそばで観察していると。

やる時間が多い、無駄なものはどんどん捨てる。

 

もっとやろう、絶対的に量が足りていない。

もっとやることで、成果は必ずあがります。

 

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20年以上通い続けている美容院のおかげで、自分を認識することができる。

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

誰しも行きつけのお店があるのではないでしょうか。

家の近くの中華料理店、会社の近くにあるバー。

僕にとっての行きつけのお店は、美容院だったんです。

 

20年以上通う場所

ファッションにこだわりが無いので、髪型なんてあまり気にしないのが正直なところ。

ずいぶんと髪が伸びて、鬱陶しくなったから切っただけ。

というくらい、ファッションやヘアスタイルに興味がないんです。

 

いつものお店に行く必要はないけれど、わざわざ予約してまで通うのは、別の価値があるからだと感じています。

 

ありがたいことに成長を見守ってくれる

小学生のころから通うそこは、オーナーがずっと担当してくれている。

付き合いが長いので、親戚のおっちゃんみたいな感覚だ。

親戚づきあいとは縁のない生活をしていたので、僕のことを知ってくれているのは、実は美容院のオーナーだけかもしれない。

 

もちろん近所づきあいはあるけれど、じっくり話をする機会ってないですよ。

美容院に行けば、30分、1時間と話をする時間ができる。

だからこそ、最近はあーだ、こーだと話をしてしまう。

 

僕の父親より少し年上のオーナーだからこその話を聞けたり、アドバイスをしてくれる。

家族以外で、親戚以外で、僕の成長を見守ってくれている人、それが続いている人はそんなにいない。

 

髪の毛が短くなる以外の価値がそこにはあるから、少しくらい遠くても通い続ける。

店の名前が変わったり、移転したり、独立する人がいたり、いろいろと変化があった。

僕自身も小学生のスズキから、おっさんのスズキに変わった。

 

いろんな変化があっても、つながっていられるのが、僕にとっては居心地がいい。

 

過去の自分を振り返るときに共感してくれる人。

過去の自分を知ってくれてる人。

 

その人のおかげで僕はここにいる。と認識することができる。

些細なことだけれど、それがすごく重要になってくる年齢になってきたのだろう。

 

 

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美味しいものは、美味しいというより、スムーズだ

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

「美味しい」の基準は人それぞれ。

口に合う、合わないはあるのだけれど、僕の中での簡単な基準は。

「腹いっぱいでも食べたくなるか」ということ。

 

美味しいものは「美味しい」というより「スムーズ」なんです。

素材の均一性や、丁寧な下ごしらえもあることでしょう。

 

お腹いっぱいでも食べたくなるし、いつもの倍食べても美味しいと感じる。

そんなバカなやり方はよくないけれど。

 

ビュッフェレストランに行ったとき。

もう苦しい、、、というまで食べれるなら、美味しい証拠です。

そろそろいらないかも、、、と思うなら、普通の味ということです。

 

今日は朝からカツサンドを食べたんですけど。

少し高いカツと、少し高いパンを買ったら。

あぁ、こんなに美味しいんだ、と朝一番に感じることができました。

 

朝から食べてもへっちゃらだったんです、次の一口が自然と欲しくなる。

食べている中に、尖っている部分が無いんですね。

何が良かったのか表現が難しいけれど、スムーズに食べることができたんです。

 

何も感じないくらい自然なことであれば、それはそれで満足です。

変に尖っていなくてもいい。

僕の身が欲しているものが、自然と取り込まれることに喜びを感じました。

 

刺激を与えてもらうことは、よいことだと思います。

ただ、刺激がないくらいフラットでナチュラルなことは素晴らしいことなんです。

 

いつの間にか寝てしまうコンサート。

いつの間にか違う世界に浸れるBGM。

 

それこそが、実はクオリティ高いものなのかもしれません。

 

自然、スムーズ、フラット。

 

これらを意識することが、一番難しいんですけどね。

だって、意識したらスムーズじゃなくなってしまいますから。

 

 

土井善晴のレシピ100

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どうして願いが100%叶うと思うのだろうか

こんにちは、スズキです。

 

失敗が怖い人、いませんか。

断られたらどうしよう、相手にされなかったらどうしよう。

 

僕もそれは不安なんです。

自分の気持ちが伝わらないんじゃないか。って。

 

でも、必ず成功するとも思っていません。

断られることもあるし、嫌だと思われることもある。

 

だけど、アタックしていかないと進まない。

成功率を上げることは大事だけど、どうして100%成功すると勘違いしてしまうのでしょうか。

 

嫌われる勇気??

とにかく、何かを言わないと分かってもらえないんですよ。

あれがしたい、これがしたい。

 

僕は明日、印刷会社の工場見学に参加するんですけどね。

写真撮りたいし、社長についても聞きたいんですよ。

だから、あらかじめ聞いてみるんです。

「差支えない程度に写真を撮りたい、話を聞きたい」

 

今回は快くOKしてもらえました。

 

でも、NGと言われることだってあるかもしれません。

企業秘密だからダメと言われるかも、インタビューは〇〇円ですと言われるかも。

 

言われたら言われただと思うんですけど、その勇気がないんですよ。

 

1回で決めてやろうと、変にカッコつけてしまうんですね。

 

断られることがデフォルト

そんなにグリップが強くない人間関係であれば、断られることがデフォルトです。

お父さん、お母さんでさえ、断るんですよ、僕のお願いを。

赤の他人なら当然のことです。

 

いつの間にか、願いが100%叶う自分と思っているんでしょうね。

オレが正しい、オレが絶対だ。

 

ちょっとでも違うことをすれば、大きな声を上げてみる。

それは会社でも、家庭でも、家の中でも、家の外でも同じことだと思うんです。

 

お願いの意図が伝わらず、願いが叶わない例もあれば、嫌だと断られる例も。

 

とにかく他人は他人、伝わらなくて当たり前、断られて当たり前。

断られにくくするための準備はあるけれど、結局はその場で、その人が決めることなんですよ。

 

願いが叶わないこともある。

けれども、その1回だけであきらめないように、プッシュしていく気持ちを持とうと思った次第です。

 

 

ハリネズミの願い

ハリネズミの願い

 

 

祝15歳! !今日はドメイン記念日だぞ

おことわり

日本記念日協会が定めている「ドメインの日」は3月15日です。

 

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

2002年に「aco-gale.com」というドメインを取得し、15年が経ちました。

僕はyare.style以外に、あこがれどっとこむ(https://aco-gale.com)というサイトを運営しています。

だからツイッターやはてなのアカウントがacogaleなんです。

気分に合わせていくつかのブログで遊んでいるんですが、その中の一番長く使っているドメインが取得してから15年が経ちました。

 

高校生の頃、勢いだけで取得したけれど、今では大切なパートナーです。

毎年の更新料を考えると、いくらくらいつぎ込んできたのか。

それはそれで、いい思い出です。

 

記憶があやふやなまま話を進めると。

確か@niftyで提供していた独自ドメインサービスで取得した記憶があります。

そこで独自ドメインを取得し、Joe's Web Hostingでサーバーを借りていましたね。

 

ホスティング会社と相性が悪く、さくらインターネットにお世話になることに。

さくらインターネットとは、10年以上のお付き合いかと。

ドメインも@niftyから、バリュードメインに移管し、今はさくらインターネットで管理しています。

 

料金よりも、忘れないために。

毎月支払いがあるさくらインターネットにまとめたわけです。

 

ダイヤルアップに携帯電話接続

家で使っていたインターネット回線も変わってきました。

最初は、auのPacketOneとDIONのダイヤルアップを併用して

チャットやメッセンジャーで遊ぶときはPacketOne14.4kbpsの通信で、のんびりやっていたのを覚えています。

パソコンのUSBポートに、専用ケーブルをつないだ携帯電話を接続して。

C408Pを使って通信していました。

僕が所有した初のカラー液晶ケータイでしたね。

 

ブロードバンドの波

いつの間にかブロードバンドの波がやってきて、我が家にもケーブルテレビのインターネットが引かれることになりました。

上下10Mbpsに加えて、グローバルIPが付与されると。

そんな話題で盛り上がっていましたね。

 

自宅でサーバーを立ててみたり、動画配信をしてみたり。

オタッキーな生活をしていました。

スズキ家に常時接続の楽しさを教えてくれたケーブルテレビインターネットも、いつの間にか電力系の光ファイバーにリプレイスされ、今は光ファイバーにお世話になっています。

 

途中、一人暮らしをしていたので、WiMaxやドコモのルーターにお世話になりながら。

やっぱりインターネットとは深い関係で生きてきたんです。

 

モバイルデバイスも買ってたな

スマートフォンのようなデバイスに出会ったのは2005年くらいでしょうか。

Palmにするか、ザウルスにするか。

そんな悩みを抱えながら、ウィルコムからW-ZERO3が発売されるとそれを買ってみたり。

もちろんW-ZERO3[es]も買ったし、ウィルコムにも相当貢いだ記憶があります。

当時はデバイスの動作ももっさりしていて、誰がこんなの使うんだろうなーって。

スマートデバイスが、こんなに普及するなんて思ってもみなかったです。

 

いつの間にかスマートフォンが普及し、常時接続が当たり前になり。

独自ドメインを持っている人もたくさんいる。

僕自身が、複数個のドメインを使うようになりました。

 

ドメイン記念日

僕がドメインを取得したから、10月5日はドメイン記念日。

 

感謝しなければいけないのは、高校生時代にインターネットやパソコンのリソースに惜しみなく投資してくれた両親に。

好き勝手させてくれたことは感謝しなければいけないこと。

 

後悔しているのは、もっと密に続けていれば、面白い世界にどっぷり浸かれたんだろうな。

と思うこと。

ブログにしても、その頃から書き続けていたら。

もう少し面白い自分になっていたかもしれない。

 

途中でプラットフォームをmixiに変えたり、DIONのラブログに変えたり。

いつの間にかラブログは無くなってしまったよ。

 

インターネットより楽しいものにも触れた

たくさんのキッカケが目の前にぶらさがっていた中で、インターネットやパソコンより面白いものを見つけてしまった。

だから、そっちに手を伸ばした。

 

楽しい人生を送ってきたことは、間違いないけれど。

僕が10月5日を迎えるとき、毎年のようにインターネットについて考えることになるだろう。

 

まずは15年

15年間、お金を払い続けてきたスズキ、すげぇ。

15年間、インターネットという文化を支えてきてくれた世の中のみんな、すげぇ。

僕の人生においては、大事なポイントなのだ。

15年目、何をしていこうか。

僕をあらわす看板として活躍してくれたドメイン。

僕だけじゃなくて、いろんな人を巻き込んでいきたい。

もっといろんな人と関われるように。

僕のドメイン記念日を大事にしていきたいのだ。

来年はパーティーでもしたい! 

 

これからも末永く、宜しくお願いします。

 

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嫌いなモノは嫌いと言えるように、ただそれに蓋をしてはいけない

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

嫌いなモノありませんか。

嫌いな人いませんか。

 

僕はすぐにシャットアウトしてしまう癖があります。

イヤだと思ったら、もう無理。

そんな極端な人間です。

 

でも、それを適度に保っていたいとも思います。

嫌いなら嫌いでいいけど、少しだけ受け入れる間口を用意しておきたいんです。

 

面倒なことを言う友人

何かにつけて揚げ足取りなヤツなんですけどね。

でも、言っていることは間違ってない。

僕自身の苦手なところをグリグリほじくるから、鬱陶しくて面倒で嫌いなんです。

 

嫌いだけれど、言うことは間違っていないから、耳を貸さなきゃいけない。

そのジレンマなんですけど、諦めちゃいけないんですよ。

 

 

まさにこんな気分なんです。

ときどき、なよなよしている自分に気付きを与えてくれるけど、毎日だと重苦しくなる。

たまに、例えば3か月に1回、半年に1回会えればそれでいい。

3か月に1回、半年に1回好きになる程度の人もいると。

 

普段は面倒なことばかり言うんですよ。

僕自身が面倒と感じてしまうんです。

それを受け入れるだけの余裕がないから。

 

そんな仲間に蓋をしてしまわず、たまには好きなのかもしれないと。

仲良くやっていきたいんですね。

 

鋭いツッコミが、面倒と思う日、ありがたいと思う日。

どちらがあってもいいんですよね。

 

図解版 人間関係、こう考えたらラクになる

図解版 人間関係、こう考えたらラクになる

 

 

憧れのあの人に会えた喜びを忘れてしまったのか

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

プロブロガーのヨスさんの記事でハッとさせられたので、ここに綴っておきます。

yossense.com

 

その中の一文

それが、新しい人に出会えること。ブロフェスに参加する価値というのは「人に出会うこと」にあるのだ。

この一文に、僕の記憶が揺さぶられたんです。

 

2016年のブロフェス

ブロガーズフェスティバルという大きなイベントが2016年9月にありました。

実は何度も開催されているようなんですが、僕はその時が初めてでした。

 

誰と待ち合わせるわけでもなく、一人で乗り込んだ記憶があります。

幸いなことに、会場には知り合いが何人もいて、いくぶんか安心できました。

 

もちろん大物ブロガー、ベテランブロガー、憧れのブロガーさんもたくさんいるわけで。

画面の向こう側の人にお会いすることができたんですね。

 

アノ人に挨拶できた

そこでご挨拶できたのが、先のブログを書いていらっしゃるヨスさんだったわけです。

突然お声がけしたのにも関わらず、足を止めてくださって「頑張ってね」と声をかけて頂けたわけで。

たしかに「人に出会うこと」ができた場所だった。

 

先輩ブロガーの厚みのあるブログにしろ、一気に抜き去っていった敏腕ブロガーのブログにしろ。

僕が何度も何度も読んでいたブログを書いている、その人が目の前にいることに感動したのだった。

 

こんなスゴい人がいるんだなぁ、と。

 

人と会うことは重要で

その人に会ったから何になる。

と言われれば、それまでかもしれない。

結局は自分自身がやらないといけないのだから。

 

ふわっとしていたモノが、リアルな人を前にすることで形が作られてくる。

その先、やるかやらないかは自分次第だけど、モヤモヤの判断軸になることは間違いない。

わざわざ声を大きく言わない、その場にいた人が感じる小さなものこそが、大事なんだと思うのである。

 

僕自身の色々な経験が、ようやくつながり始めた気がする。

会いたいと思う人に会いに行く、会いたいと思われるような人になる。

 

これからも精進してまいります。

 

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