ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

スマホは踏み台にすぎない。画面が割れて思うこと。

スマホ、壊れたんです。

操作できないんです。

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昨夜のできごと

怒りにまかせて、モノに八つ当たりしてしまいました。

その結果、スマホの画面がクモの巣のように。

タッチパネルの画面は操作できなくなりました。

 

職業柄、スマホをたくさん持っているので、その1台が壊れてしまったことによる支障はありません。

ただ、精神的な負担が大きいですね。

落としたり踏んづけたりして画面を割った経験は無かったから。

別のスマホを投げつけたら、着地点にこの割れたスマホがあったわけです。

 

 

好きになれないスマホ

僕はスマホに愛着が持てないんです。

2年ぐらいの付き合いだから、2年経てば機種変更しようと思っているからでしょうか。

スマホが普及してから、一つ一つのことが便利になりすぎた気がします。

気軽に使えるアイテムになってしまっているからです。

 

時代の変化なのか、僕自身の成長なのか、判断が難しいところですが、思い出をしまっておけないんですよね。

憧れのあの子へメールを送るにも、何度も文面を見直して悩んだものです。

ガラケーではメールか電話くらいしかすることがなかった。

だから、その「メール」や「電話」に重点的になれたのでしょう。

1通のメールを送るのに何十分と悩んだ頃が懐かしいですね。

 

 

便利すぎる世の中

スマホでメールができること、今では「何でもできるツール」の一つの機能になっています。

メール以外にも、すること、できることがたくさんあるんですよ。

だからなのか、そんなに真剣にメールの文章を考えなくなっているような気がします。

 

LINEで既読マークがつくように、内容というよりはレスポンス速度になっているのでしょうか。

スマホを使うときに、気持ちを込めることが少なくなっているようです。

 

 

みんなが持っているから

iPhoneが登場し、スマホそのものが横並びになってきました。

最近のスマホは、物珍しい機能もなくなりつつあり、何を基準に選んだらいいか分からない。

いつの間にか流行りのままに、特に必要もなくスマホにしていたりすることがあります。

 

 

スマホを踏み台に

どこかで、ただの踏み台になっているのでしょう。

「スマホ」が欲しいのではなく、スマホでできる「何か」が欲しいみたいです。

それはアプリに依存したり、サービスに依存したりしています。

スマホなんて、その橋渡しをしてくれるただの踏み台なのでしょう。

 

だから僕のスマホが壊れたところで、別になんとも思わなくなっています。

ほとんどのデータはクラウドに保管してあり、復元するのは非常にカンタン。

そのスマホでなくても、保存していたデータは復旧でき、今までどおり使えるようになります。

 

 

不便には味がある

こうやって便利なものが増えてくると、便利すぎてしまって愛着が無くなる。

手間がかかるほうがカワイイんですよね。

一緒にいる感じがすごく伝わってくるんです。

便利なモノで満たされるようになれば、次は不便なモノを求めるようになります。

不便なモノとの思い出は、なぜか深く刻み込まれるようです。

 

これからのスマホがどうなっていくのか、楽しみではありますが踏み台のままであることは変わらないでしょう。

せっかく身近にあるモノなので、そこに気持ちを寄せたいんですけどね。

 

面倒なことがちょっとだけ気になってきました。

文通してくれる人がいたら、仲良くしたいです。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 

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