ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

「わかること」は「わからないこと」と言われ、頭が混乱している

「わかる」とか「わからない」とか

先日、養老孟司氏の講演を聴きに行ったのだが。

 

 

そこで言われたのが、この言葉だった。

「わかること」は「わからないこと」

 

ある事象が「わかった」としたら、次の疑問が出てくる。

きれいに「わかった」と終われることは無い。

というのが基本だという。

研究者として「どこまでわかったか」ということは無く、どんどんわからないことが積み重なっていく。

 

ちょっと休憩

私事だが、パソコンを新調した。

デジカメで撮った写真の管理をしていると、今のマシンに限界を感じてきたからだ。

半ば衝動買いだったので、そんなに高スペックなものではないが、満足している。

 

本当に欲しい機種、スペックというのはあるのだけれど、ちょっと手が届かない。

給料2か月分くらいのパソコンが本当は欲しいのだが。

 

というわけで、妥協して買ったパソコン、もちろん満足しているのだが。

それを買った帰り道、僕が思ったことは何か。

 

「次はどんなパソコンを買おうか」

 

買ったその日に、そんなことを考えてしまっていた。

 

 

閑話休題

さて、「わかること」は「わからないこと」

わかった瞬間に、わからなくなる。

 

僕なりの解釈だと、買った瞬間に次が欲しくなる。みたいなものか。

頭のいい人が言うことは、まったくよくわからない。

 

「わかること」って何だろうか。

併せて「感じること」って何だろうかという話だった。

 

感じて、わかって、わからなくなる。

感じること、それがわかると言語化したりする。

言葉で相手に伝えようとする。

そうすると、それがますますわからなくなってきたりして。

 

その場で、ふむふむと理解しても、後から振り返るとわからなくなっていたり。

 

何かをまとめたり、同一化させたり、ということを人間はするそうですが。

「まるで動物のような」という感じは、いかにも整ってなくて、はっちゃけている。

それが人間になると、まとまりってのができるらしいが。

 

そんな話を聞いて、わかったつもりでいても、結局わからなくなってきたり。

どんどん次を目指せということなのでしょうか。

 

どんどん次へいきましょうかね。 

「わかる」ことは「かわる」こと

「わかる」ことは「かわる」こと

 

 

 

 

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